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タヂマキネマ

沖縄で人間の性-セイ-と性-サガ-を表現しながら古今東西をフラフラ生きてるFTMの人性劇場

「他人は自分を映す鏡」というけれど、実際重要なのはそこじゃない気がする

人様から学ばせて頂くことは多いよね

 

そしてそれは良い現象よりも悪い現象のほうが圧倒的に多い気がする

 

 

過去にとあるカフェで店員の女性から無表情でつっけんどんな対応をされたことがあって

こちらの話を遮るわ放つ言葉がなんだかキツいわで

せっかく内地へ行ってしまう友人との食事もなんだかモヤモヤしてしまって

楽しくないものになってしまった

 

 

 

でも、なんとなくその人が自分と重なって見えたのもまた事実だった

 

 

そういえば僕もコールセンターのOJTで落ちたことがあって

講師の方に

 

「話し方がつっけんどんすぎて

 聞いている側としては話を聞いてないように思えてしまう」

 

と言われたことを思い出した

 

 

ショックではあったけど、それを直すようにした結果、

次のコールセンターではいろんな人の協力があり

研修期間も合格してなんとか独り立ちできたのだ

不慣れだったのに初めてお客様から良い感想を頂けた時は感激した

クレーマーとGLのプレッシャーが過剰なストレスになってやめたけど)

 

 

最初のコールセンターに落ちた時は本当にショックで泣いてしまって

なおかつ悔しくて悔しくて

「この野郎!覚えてろよ!」

といった気持ちにもなった

 

 

しかし今思えば講師の方々はかなり良心的な人ばかりだったし

不合格の通知をする際も本当に伝えるのが辛いかのような暗い顔をしてくれてたし

あの時の経験があってよかったなぁと心から感謝している

 

 

だから、そのカフェでの出来事は、

その日はちょっとイライラしたものの

 

「きっとあの人もきっと自分と同じ人と接するのが苦手なタイプの人間で

そんな自分を変えたい!と思って接客業を選んだんだろうな…」

 

と思ったらむしろ応援したくなった

(推測でしかないけど)

 

 

あと僕ブログのファンの方ならおわかりになるかと思うけど

僕結構言葉がキツイところがある

 

 

ブログではわざとその毒を露骨に表現してる所はあるけど、

実生活ではほとんど自覚がないんだよね…(←質悪いやつ)

 

 

もちろん実際人と接する上ではそんなストレートな物の言い方をしないようにこころがけているのだけど、

それでも「ひど!」「いい方気をつけたほうが良いよ」

って言われたことが結構あって

「なんで?どんな言い方したら良かったの?」

と途方に暮れてしまうことが多かった

 

 

ストレートすぎて子供っぽいのかな?

 

 

だからあまり喋らないようにしてるってのもある

 

 

でもキツい物の言い方をしてしまう人で悩んでいる人の書き込み見てたら、

なんとなく自分にも参考になりそうなことも多かった

 

 

まずは世の中には複雑ないろんな事情があるんだということを念頭に置いたうえで

人や物事を決めつけないようにしてみます

 

 

というのは実際自分も有無を言わさず一方的に決めつけられて

一方的に関係を切られて嫌な思いをしたからさ…

 

 

僕は「嫌いな人からは離れろ」という話を常々しているが、

そういうフェードアウトなんてものじゃない

こちらの人格や能力を否定するようなことを言われたのだ

 

 

もちろんその人達がしたことは絶対に許されないことではあるけど、

自身の身に降りかかることは全て学びだと受け入れていきたいし

これをきっかけにいろんなことを考えていきたいと思った

 

 

そうすればその人達よりも自分はさらにずっと成長できると思うので

(↑こういう負けず嫌いな所がなかなか変えられないので皮肉はご愛嬌)

 

 

さて、ここまで長いけどそろそろ本題

 

上に書いてきた人達って、僕に似ているから

自分自身を考えるきっかけになったのだろうか

 

 

そうかもしれないけど、厳密には違う気がする

 

 

タイトルにも書いた「人は自分を映す鏡だ」とは言うけれど…

 

 

鏡に写った自分って左右逆になってるから、

現実の自分自身と同じものを見ているように錯覚しているのが現実なんだよね

 

 

↓こういう左右反転する鏡じゃないかぎりはね

 

スタンドミラー リバーサルミラー ヤマムラ 卓上ミラー 画期的!他人からみた自分が見える 鏡 左右反転 YRV-005

 

 

赤の他人が鏡となって自分自身を映し出してるという解釈は確かにそのとおりだと思う

 

でもそれって鏡から離れてみないと気づかない

 

 

というのは、人は普段鏡で見ている自分が自分だと思ってるから、

左右反転する鏡や自分の写真を見ると

「えっ?これ自分?なんかおかしい…」と

なんだか腑に落ちない気分になると思う

 

 

いつも見ている自分と違う自分が

現実の自分ということになるから

戸惑いを覚えるのだ

 

 

そこから現実と鏡とのギャップを埋めるように努力することもあるかと思う

 

 

だから、実際重要なのは"他人が鏡であること"なんじゃなくて

 

"鏡に写った姿"と”現実”とのギャップを感じた時に

 

人は"人から見られている自分自身"に気づくのだと思う

 

 

ここで言う"鏡に写った姿"は"他人"のことで、

嫌いな部分もある反面、自分の理想でもある

 

 

現実はその名の通り"現実の自分の姿"

 

 

その差があればあるほどショックが大きいのだ

 

 

鏡に写った「自分と似ている他人」という

「こういうものだ」と思って当たり前に見てきたものを

鏡から離れて実物を見た時に、違うと感じる

 

 

「なぜあの人は自分と似ているのに違うのか?

 なぜあの人は自分に正直に生きてるの?

 なぜあの人は言いたいことを言えるの?

 なぜあの人は人を傷つけて平気で居られるの?

 なぜあの人はあんなに幸せそうなの?」

 

 

こんな風に、その人に対して羨ましいと思っていることもあるはずだ

 

それが嫌な気持ちへと結びつくのだ

 

 

 

 

とにかく何が言いたいかというと

 

「他人は自分を映し出す鏡」というのは

 

他人が自分自身を鏡のように映し出してるというのを前提で

 

「同じと思っていた他人と

 自分との差異から生じる違和感」

 

という解釈のほうが僕はしっくり来る

 

 

 

その"違和感"はきっと良いものではない

 

恨み辛み妬み…といったオドロオドロしい感情だろうね

 

 

そういう毒々しい感情を感じたら早めにそこから離れて

言葉通りの「他人は自分を映す鏡」として自己反省し

自分自身の成長につなげたほうが健全だね

 

 

 

 

現在メンタル調整中で語彙力低下につき

なんだかよくわからない文章になったけど

察して(笑)←無責任

 

 

 

ゆた