読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

タヂマキネマ

沖縄で人間の性-セイ-と性-サガ-を表現しながら古今東西をフラフラ生きてるFTMの人性劇場

絶望した時は自分に才能があるということ?

音楽 好きなことをして生きる

最近、好きな音楽を聞くと

 

 

「いいなぁ…この曲のここのメロディーだとかリズムだとか諸々が大好き」

 

 

…なんて妙に分析しながら、

体の底から幸せが湧き上がって感動を覚えると同時に、

 

 

 

「なんでこんな良い曲が作れるんだ!悲しい」

 

…と思うことがある

 

 

 

 

映像作品や漫画を読んだ時も、似たような感覚になる

 

 

 

幸福なはずなのに、絶望している

 

 

 

この矛盾した複雑な感情は一体何なんだ…

 

 

 

書籍なのかセミナーのシェア会で聞いたのかは忘れたけど、

 

 

本田健さんの才能に関するお話で、その人自身がとある"才能"があることに気づくきっかけというものがある

 

自分の才能の見つけ方

自分の才能の見つけ方

 

その"きっかけ"はいくつかあるんだけど、その一つは…

 

 

 

「絶望」という感情が起こった時らしい

 

 

 

たとえば絵が上手になりたい人は、自分よりも絵が上手な人を見て、絶望する

 

 

 

「なんでこんなに素敵な絵を描く人がいるんだ…

自分なんて到底敵わないしこんな素敵な作品は作れない」

 

といった感じで絶望のドン底にたたきつけられる

 

 

経験無いですかねぇ?

 

僕はもう常に有ります!

 

 

 

それはすなわち…その人(上手になりたい人)に「絵描き」としての才能があるということのようだ

 

 

もっとうまくなりたい向上心とか、どうすればもっと上手くなれるか

はたまた上手い人よりも上手くなりたいという闘争心に火がつくからかな?

 

 

 

もちろん感動したり、批判的な感情が湧くときもその分野について"才能"がある可能性があるらしい

 

その分野についての興味が高いからだろうね

 

確かに、全く興味がなければ何も感情が起こらないし、その分野を伸ばしていこうとすらも思わず華麗にスルーするもんな

 

 

 

ということは、この理屈だと、僕も音楽の才能があるということなのだろうか?

 

 

確かに夢のなかでよく作曲するけど(悲しいことに起きると忘れる)

 

 

僕も小学生の頃からいろいろ楽器に手を出して

その度に挫折してる

 

ギターも最近は全くやってないし、

今特にピアノ以外にまともにひける楽器なんてないわけだけど、

 

…ちなみにベースは大学生になってからお金貯めて購入したので、ちょっとだけ弾ける

 

メタル系のゴリゴリした音が好きなので5弦ベースも買っていた

今は放置気味(泣)

 

 

またちゃんと音楽やってみたいなぁ

 

 

 

そもそも僕はダンスやってたわけだし、バンド活動こそしたことないものの音楽とともに生きてきた人間なのだ

 

今はDTMボーカロイドが主流になってるけど、

小中学生の頃はPSソフトの音楽ツクールでGLAYのバンドスコア見ながら打ち込みしてたんだよー

 

ただあの作業をしたことで、今ひとつ影に隠れがちなベースってこんな面白い旋律だったんだって感動したっけなー

 

 

 

最近僕は異様に音楽熱が高まっている

 

 

DTMでオリジナル曲の作曲もしたい

 

 

もちろんバンドも組んでみたい

 

 

 

才能があるかどうかはわからないけど、

好きなこと、やりたいことがいっぱいだー

 

 

 

 

 

ゆた