タヂマキネマ

沖縄で人間の性-セイ-と性-サガ-を表現しながら古今東西をフラフラ生きてるFTMの人性劇場

「社会」というパズルのピースになれない人間

僕無口だからというのもあり

第一印象があまりよくないと思う

 

 

コミュニケーションが取れなかったということを言われたようなのだ

 

 

人間合う合わないはあるから仕方がないかもしれないが

僕は精一杯やったつもりだし

多少無理しても愛想よくやろうと振る舞った

 

 

しかもそれは付き合いの深い人ではない

初対面の相手にだ

 

 

 

なかなか人に認めてもらえない

 

かといって自分が合わせるのもなんだか違う気がする

 

 

誰かの希望に沿うために自分を無理やり変えるのは

自分を壊してしまうのと一緒で

それが必ずしも相手のニーズに答えるかどうかさえわからないからだ

 

 

 

パズルのピースは合わない限り完成することはない

 

 

自分がそのピースだったとして

どこを探しても居場所が見つからない

 

 

それで途方に暮れてしまうことはある

 

 

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しかし世の中に完成されたものなんて

本当にあるのだろうか

 

 

たった一欠片のパズルのピースが

違うパズルの中に紛れ込んでしまうことはあるもの

 

 

自分はここだと思ったら違った

 

 

自分の気持とは反対に自分を構成する身体の形、情報…

 

そんなもので外部から決めつけられてしまうのである

 

 

そんなことの積み重ねで世界はできているし

残念ながら自分自身もそこに当てはめられてしまうのだ

 

 

だからせめてその形に合うように

身体をそぎ落とし余計なものをつけて

なんとか自分の身体を変えていく

 

 

 

 

しかし、元から違うものは違うのだ

 

 

 

 

当然、失った身体は元に戻らない

自分がしたことも無駄な努力となるのである

 

 

 

そんなことになってしまえば

何のために自分が生まれ生きているのかわからなくなるからだ

 

 

 

でも自分が本当にいるべき場所というのは

パズルなんかでは割り当てられないはずだ

 

 

 

三角 四角 菱型…

 

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皆が同じ形だったらどこにいても合うはずなのだが

当然誰一人として同じ形をしている人などいない

 

 

 

もう形などない

 

そんなものは全て捨てて

 

皆が自分の居場所はここかと心配することなく

 

居心地良く居られるといいのに

 

 

 

未完成でも構わない

 

そんなパズルだったら皆生きやすいだろうに

 

 

 

 

てなわけで今日のBGMはムックの「我、在るべき場所」

 

 

 

 

ゆた