タヂマキネマ

沖縄で人間の性-セイ-と性-サガ-を表現しながら古今東西をフラフラ生きてるFTMの人性劇場

大抵のことは怒っても仕方がないんだよなぁ

 最近は怒られて凹むということがあまりなくなった。

 

以前は怒られる=自分への人格否定って思い込んでしまうくらい、怒っている人=僕のことが嫌いって決めつけてたくらい被害妄想の激しい奴だったし。

そこからズルズルと何日も引きずることも多かった。

 

最近はそんな風には思わなくなった。

 

 

 

また、自分の何気ない言動でその人を怒らせてしまったにしても、それはその人自身が思っていることであって自分にはどうすることもできないし、怒られる内容にしてもその人の価値観によるものだから参考程度くらいに思うようになった。

 

もちろん、険悪になったらその状況を打開する為の努力は必要なのかもしれないけど。

 

 

ただ、それでも怒られること自体は依然として嫌いだし、よくわからない理由で怒ってばっかりいる人からは離れたい。

いやむしろ近づきたくない。

 

自分自身がそう思うようになったからか、どうしても理不尽で納得いかないことや相手の態度が極端に悪い時以外はあまり怒らなくなった気がする。

 

自分自身や、本当に大切な人達や大切なものが傷つけられたり、外部の攻撃から守ったりする時

そんな時以外は、別に怒ったりイライラしたりする必要性ってそんなにないのでは?という気がしている。

 

肉食動物が空腹時以外には狩りに出かけないのと一緒で、つまらないことでカッカせずにエネルギーを温存させるのが良い。

 

だってお腹がいっぱいだったらわざわざ食べる必要なんてないもんね。

 

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食べたくなる…言い換えると怒りたくなるってことは、自分が満足していない状態、安心して生きていくのに十分な状態じゃないからじゃないかな?

 

それだったらやたら怒りたくなるってことは自分に対して危機を感じてもいいのかもしれない。

 

 

自然に怒りたい時は怒ってもいいけど、怒っても仕方がないような時は怒らない。

 

世界を見てみれば自分なんて、パズルのピースのかけらですらもないくらいちっぽけな存在で、ただ生き物として与えられた命を生きている存在なのだからむやみやたらに被害妄想をしない。

 

それが結局は一番自分に優しい生き方なんだろう。

 

ゆた