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タヂマキネマ

沖縄で人間の性-セイ-と性-サガ-を表現しながら古今東西をフラフラ生きてるFTMの人性劇場

正直、沖縄を去りたいと思っていた

自立 好きなことをして生きる

僕のブログの過去の下書きにはまだ投稿していない

書きかけのものがたくさんある。

 

過去の下書きを漁っていたら、

なんと…昨年「来年、沖縄を去ります」というタイトルで

以下の記事を書いていたのだ

 

 

おそらく、精神的にだいぶ参ってた時期のものだったのだろう

 

 

今は高城剛さんの書籍などを読んで、

だいぶ考えが変わってきてるので、

一部を残して変えたものをアップしたい

 

白本 弐

↑いろいろと参考にしている本

シリーズでいくつか出ている

 

一時期は自分の中でここに居続ける意味を

疑問に覚えるようになってきていた。

 

でも今はまだ行ったことのない離島や北部の地域があるので

まだまだ沖縄を去る気はないと考えている

 

実際いつまでいるかは本当にわからないけどね…

 

 

 

 

10年前、僕は自分を変えたいと思い、沖縄に来た。

 

大学のためにね。

 

…というのは嘘で沖縄に行くために沖縄の大学に行くことに決めたのだ。

 

地元になんかいたくなかったのだ。

 

沖縄なんて一度も行ったことなかったのに、何故か惹かれるものがあったのだ。

 

 

高校までは地元宇都宮にいたものだから、

ほとんど近隣の人しかいないような高校と違って、

大学は沖縄の人だけじゃなくて九州や北海道など様々な人がいたので

とても新鮮な場所だった。

 

 

高校の時に自分がGIDだって気づいたから、

大学デビューとばかりにこの頃からカミングアウトもし始めてたと思う。

 

 

 

その中で学校の委員会に入ったり祭りの委員になったり

ベースを弾き始めてみたり

ダンスのチームを組んでみたり

LGBTの活動をしてみたり

 

 

高校までではできなかった様々な活動もするようになった。

 

 

しかし、うまくいかないことも多かった。

 

 

 

中には最後までやりとげたものもあるが、

自分を一番悩ませていたのはいつになっても変わらないものだった。

 

 

 

そう、人間関係だ。

 

 

 

まだ気の合う人がいればまだ救われる。

 

僕は孤立しやすいタイプなのか、

敵だらけの時期もあり、正直キツかった。

 

活動をしている仲間の中で、上から目線で命令してくる人もいて、

反感を覚え活動そのものよりやめたい気持ちが強くなり

やめるまで嫌々やることも多かった。

 

 

そしてその活動をやめた後にその人物が身近にいなくなっても

その人物のことが半年くらい脳裏にチラついて離れなかった。

 (もちろんそれは自分の気持の切り替え方にも問題はあるのだが)

 

 

あまりこういうことは言いたくないが、

大半が本土の人間だった。

 

 

そしてここ数カ月前に自分を不当に扱った人物も

本土の人間だった。

 

 

自分の経験上、合う合わないは確かにあるが、

沖縄の人は大半が優しい。

 

だからなおさら沖縄に居続けたいと思ったのかもしれない。

 

 

こういう活動をしている中で、

コミュ症のくせに社交家のように振る舞って

自分に嘘をついてるような無理してる感覚があり

疲れてもいたと思う。

 

それでわざと嫌われるような言動をとってしまったこともあった。

 

 精神的にだいぶ不安定だったと思う。

 

 

 

今こうやって家にいてボーッとしていた時に

過去に関わったいろんな人の笑顔が自分の頭に流れた。

(※ちなみに目が笑ってない人は笑顔と言わない)

 

 

過去自分に良くしてくれた人のほうが

圧倒的に多かったかもしれない。

 

 

 

いや、多かった。

 

 

 

敵だらけって言ったけど

厳密には敵なんて幻想であって誰が敵でもないんだけど

 

 

自分自身に打ち勝つことができない。

自分を信じることができない。

 

 

それが大きい。

 

 

それは自分の中の甘えが生み出したモンスターなんだ。

 

 

しかもせっかく自立しようとこちらに来たのに

去年の失業時期は家族の助けを借りていたし

このままではいつまでも何も変わらないんじゃないか

 

 

自分は口数が少なすぎて

人から認めてもらえる時はすごく評価してくれるけど

誰にも気づかれない時は周囲の人に不信感を抱かせてしまうようだ。

 

 

それは中学校の時の担任にも言われた。

「お前は見てくれる人はその能力を見てくれて認められるけど、

口数が少ないから人から認められるのに時間が掛かる」と。

 

 

まただらだらと沖縄に居続けたら時間だけが過ぎていってしまうのではないか。

 

当たり前のことは、実は当たり前じゃない。

 

最近常々こう思うようになったし実際それを何度かブログにも書いている。

 

tajimanimation.hatenablog.com

 

好きなバンドが解散することを受け止めれるようになったのは

当たり前のことを当たり前じゃないと思うようになったからだ。

 

 

上の記事にも書いたギルガメッシュ

最初は友だちもいないようなバンドだったみたいだが、

だんだん世界に認められるようにもなってきて活動の規模も大きくなり

ここ数年はジャンルにかかわらずいろんなバンドとの対バンに挑戦した。

 

 

結果、国内での動員が減ってしまったかもしれないが、

彼らが常に自分達に負荷を強いて挑戦し続けたこと

それはものすごく評価している。

 

それからというもの、僕はそれ以外の現状維持で満足しているような

ぬるま湯につかっているようなアーティストに全く興味がなくなってしまった。

 

 

今の自分もちょっとぬるま湯につかっているなと思うことはある。

 

 

今皆の優しさに甘えて惰性で沖縄に居続けたら

毎日を大切に生きられなくなるんじゃないか。

 

 

そう思うようになった。

 

 

だから自分にタイムリミットを設けることで、

一日一日を大切に生きられるようになるんじゃないかって思った。

 

 

実際いつまでい続けるかは

超気まぐれ人間だからそれは本当にわからない(笑)

 

 

次のバイトなり仕事なりが気に入ったら

また長くいるかもしれないし。

 

 

まぁ…それにまた今後自分の中で何かイノベーションが起きるなり

新しい事業を始めるなどして長く関わっていきたいと思うようなことが起きれば

またこれからもずっと沖縄に居続ける可能性はなくはないが…

 

 

不動産投資もやってみたいしね。

そうすれば沖縄にもまた帰ってくる言い訳が作れるし。

 

 

しかしたとえ僕が将来的にどこへ行こうとも

沖縄は好きでいつづけると思うし、

逆に言えば内地にいてフットワークを軽くしていけば

移動距離に比例して自分の経験も増えていく。

 

 

逆に言えばここに住み続けないでそういう形式をとっていけば

沖縄も含めいろんな場所に行けるようになってくると思う。

せっかく内地で行きたい場所があっても沖縄だと行動しづらい。

 

 

逆に沖縄の離島に行きたくても

実家から空港まで電車で二時間かかる上に

羽田空港から沖縄まで3時間近くかかるため

非常に不便だ。

 

どちらも一長一短ではある。

 

なので、結果的には自分が一番しっくり来るところに住むのが

必要に応じて遠出してみるのが

自分に優しい生き方なのかなとも思う。

 

 

それでもやっぱりゴチャゴチャした都会より

自然の豊富な南の島が好きなのである

 

ゆた