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タヂマキネマ

沖縄で人間の性-セイ-と性-サガ-を表現しながら古今東西をフラフラ生きてるFTMの人性劇場

気を使われすぎると、かえって人は疲れてしまう

僕も性格上気を使ってしまう人間だ。

 

 

でも、あまりにも人に気を使われすぎると逆に疲れるんだなってことを知った。

 

 

僕はまだ女性として見られている部分があるので、

仕事で重いものを持つ時に「大丈夫?」と声をかけられることもある。

 

 

実際今の状態じゃ持てないものも多いから、それは仕方がないことだ。

 

 

しかし、稀に10キロにも満たないような軽いものでさえも

心配してくれる人がいるのだ!

 

 

「いや…俺、確かに細腕かもしれないけど、これは流石に持てるよ…」

ってくらいのものも気遣ってくれるわけ。

 

 

悪いけど、ただでさえ力がないことに男として劣等感を覚えてるのだから

この度が過ぎた気遣いはちょっとショックだよね。

 

 

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移動は基本徒歩だし、沖縄は坂多いし、

これでも毎日鍛えてるんですよー

 

 

世の中には席を譲るとショックを受けるおじいさんおばあさんもいるっぽいし。

でもなんとなくわかる気がする。

 

 

ただ、よくわからないけど、それはその人の反応だから、

譲ったことを後悔したりする必要はないかと思う。

 

 

僕も気遣ってくれた人について正直一瞬イラっとくることはあっても、

いつまでも恨むようなことはないしな。

 

 

ただ、あまり人に気を使いすぎると、逆に疲れてしまったり鬱陶しいなと思ってしまうのも事実なので、

神経すり減らせてまで人に気を使うのはよそうと思った。

 

お互いのためによくない。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え」を読んで、

アドラーの心理学を学んだけど、まだまだ自分の中では習得できていない。

 

アドラーの理論を自分の生き方として実践できるようになるには時間がかかるらしいし。

 

 

僕は他人の「地雷」を踏みたくなくて、

ついつい目の前にいる相手の顔色ばかりを伺って、

結果損した気持ちになることが多々ある。

 

 

でも、自分が何をしようが何を言おうが、それは相手の問題なんだから

相手がどう受け取ろうかは相手次第なんだよね。

 

 

 

そうだね。

 

 

なんであの人はあんなことをしたのかと悩むこともあるけど、

うまいもの食ってる間は忘れるし、

相手も自分のことなんか特に考えずにいつものように飯でも食ってるんだと思ったら、

ちょっとは気が楽になれるかも。

 

 

つい先日、北海道のとある宿で不快な思いをしたので、これでちょっとは許せる気持ちになれそうだ(笑)

 

↓ その様子を書いた記事はこちら

tajimanimation.hatenablog.com

 

 

 

僕のことなんか考えてくれなくていい

 

だから僕もあなたのことを考えずに

 

自分のやりたいようにやります

 

 

そんな気持ちでいられたら、人のことを過度に気を使わなくて済むし、

人の自分に対する評価でさえも気にならなくなるから、

ちょっとは楽になれるだろうね。

 

 

まぁ…周囲の目を気にしたり、人に気を使ったりする性格はなかなか変えられないから

難しいものがあるけど、

ちょっとずつ実践することにはしてます。

 

 

長い道のりになりそうだけど…。

 

 

ゆた