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タヂマキネマ

沖縄で人間の性-セイ-と性-サガ-を表現しながら古今東西をフラフラ生きてるFTMの人性劇場

「森」を見ることを忘れた現代人

木の写真を撮るのが好きだ

 

 

 

 

一つ一つ形が違っているのが面白いし、

ぐにゃぐにゃと曲がりくねった枝や根が生命を感じさせるのだ

 

 

 

でも…木を好きすぎるのもこまりものだ

 

 

 

僕自身、物事の細かい部分や核心だけを見よう見ようとして、

また、目の前の問題に対して自己中心的な考えになるなどして、

 

「森」をあまり見ないことの方がやっぱり多い

 

 

でも現代社会では、「森」を見ない人の方が多いはずだ

 

自然の中に住んでいないかぎり、自分から高台に登らないかぎり、

ビルの中に住んでいれば実際に「森」を見る機会自体も少ないと思われる

 

 

一体「森」はどこにあるんだろう?

 

 

 

目の前のことしか見えていないと、

自分の身を滅ぼすだけではなく、

相手にも迷惑をかけてしまう

 

 

そんなことを学んだ

 

 

それを防ぐためには「森」を見るようにしないといけない

 

 

森を見るためには視点を変える必要がある

 

 

しかし、ちょっと遠くから離れてみても、木は木のまま

 

 

森は見えない

 

 

もっともっと離れてみる

 

 

まだまだ森は見えない

 

 

 

森を見るためにはもっともっと離れた場所で見ないと見えてこない


 

そもそも今見ている「木」が「森」に存在していないということ

それすら気づいていないのかもしれない

 

 

 

「木」の美しさに囚われすぎて、

間近で「木」を見すぎているからだ

 

 

 

だから自分が思っているほど

自分は視点を変えられていないのかもな

 

 

もっと鳥瞰できるくらいに視点を変えてみたり、

逆に俯瞰してみたり、

地球全体を

そして宇宙全体を

さらには未来のことも見渡せるくらいになるのが理想だ

 

 

でも自分達は鳥ではないから、

自分の好きなときに空を飛ぶことはできない

 

宇宙船に乗る機会なんてもっとないかもしれない

 

 

ましてやタイムマシンなんてなおさらありえない

 

 

人間の「目」など視野が限られている

 

 

 

森を見るために山を登ったり、

たくさん歩いたり、

森にかかっている霞が晴れるのを待ったり、

そのような努力をしないと見えてこないのだ

 

 

だからせめて心の「目」だけは自由自在に近くと遠くを行き来できるように

いろんなことを経験したり、学んだりする必要があるんだなって思った

 

 

僕もだいぶ「木」からちょっと離れて見れるようになったと思っていたけど、

まだまだ「森」は自分の目では、霞がかかって見えないようだ

 

 

 

写真は去年の今頃行った吉野山

桜満開の景色…

情緒があって美しかった

 

 

 

自然の中にいると自分が本当にちっぽけに思えてくる

 

だからそのために、

 

もっともっと日常的に「森」を見るようにしよう

 

 

 

ゆた