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タヂマキネマ

沖縄で人間の性-セイ-と性-サガ-を表現しながら古今東西をフラフラ生きてるFTMの人性劇場

不幸な自分に恋して幸福な自分を愛せない「愛の奴隷」

…なんかSMチックなタイトルになっちゃったけど

そういう意味じゃないからね(笑)

 

 

恋に恋しちゃいけない

 

 

殆どの人が恋愛対象の人ではなく

恋している自分に恋していると思う

 

 

だから相手のことが許せなくなった時に

ちょっとしたことで諍いが起きたり

結婚後に「こんなはずじゃなかった」と別れる夫婦がいるのだ

 

 

こんなこと言うとスピリチュアル的とかなんとか思われそうだけど

 

 

恋をするんじゃなくて、誰かを愛そう

 

 

恋することはもうその人や物のことで頭がいっぱいの状態

それはつまり「自分の時間や意識を奪われること」

 

でもそれを許してしまっているのも自分なのだ

 

 

愛することは「無条件に誰かに愛を与えること」

 

 

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愛するのは他人じゃなくても良い

もちろん自分でも良い

 

 

ただ、その自分でさえ愛せない人が多い

というのは、それが一番難しいのだ

 

 

それでも、自分を愛せないかぎり

ほんとうの意味で誰かを愛せることはない

 

 

ただ求めているだけじゃ誰もあなたを救ってはくれない

誰かがあなたを救っても

あなた自身が物足りないと思い始めたら

また愛を求め始めるのだ

 

 

それは愛ではない

どちらかと言えば恋している状態だ

 

 

何に恋しているかというと

「不幸な自分」「哀れな自分」に対してだ

 

 

そしてそんな自分に恋をしている

愛の奴隷でもある

 

 

「恋の奴隷」は恋愛対象の人間の言いなりになりたいみたいな

歌詞だけど、それとは違う

 

 

自分の中の愛が枯渇して、がむしゃらに愛を求めるようになる状態

それが愛の奴隷だ

 

愛情に飢えてしまい求めすぎてしまい

何でも人の言いなりになってしまってはいけない

 

 

自分は例え誰かに愛されなくてもいいから

自分を、そして他の誰かを愛せる人間になろう

 

 

「不幸に恋する自分」を捨てて

「幸福を愛する自分」になる勇気をもとう

 

 

ゆた